00年代の終わりに

1983年11月1日、小倉優子と同じ日に生まれて以来26年強の時間が過ぎた。焼き肉屋の1店舗も経営できないまま、この日を迎えることとなってしまった。
自分にとって、80年代はただひたすらに幼き日々だった。今までの人生で唯一のモテ期だった。
90年代は変化の日々だった。大阪→川崎→香港→北京→東京と様々な土地を転々とし、様々な人と出会いと別れを繰り返してきた。サッカーとかJ-POPとか、今の趣味の礎ができたのはこの時期だった。
そして、00年代。一言で言えば、喪失の日々だった。大学受験、就職活動、人生の大きなターニングポイントを迎え、一つの道を選択することで多くのものを失っていった。

00年代の初めに高校生だったことが嘘みたいに、今、友人たちがそれぞれの道を歩いている。
弁護士、公認会計士、キャリア官僚、医者、超難関試験を勝ち抜き、夢をつかみ取った友人たちの影で、自分はどうだったんだろうか?
00年代で、いや、今までの人生で一番つらかったことと言えば、間違いなく就職活動である。約60社の企業に落ちるという、戦前には予想もしない結果。「売り手市場」というマスコミ報道が全く信じられなかった。
あの無力感と絶望感は一体何だったんだろうか。誰を責めることもできず、ただただ結果の出ない日々に途方に暮れていた。
幸い、就職活動前には想像もしていなかったIT業界に拾っていただき、難民化することは免れた。それからのSEとしての社会人生活は、思ったよりもよかった。
こう言うと負け惜しみのようだが、確かに、そうでないとは言い切れない。でも、少しずつ負け惜しみの割合は減ってきたんじゃないかなとは思う。

いよいよ、明日から10年代が始まる。
10年代からは会社にしがみついていれば、同じような日々の繰り返しだ。気がついたら定年退職かもしれない。そのときはもう40年代。これから先の社会情勢はわからないけれど、男一人が暮らしていくには困らないんじゃないか、などと思っている。
でも、そんな人生で楽しいのか? という気持ちがうずく。

00年代の自分に欠けていたことは「夢を信じることの勇気」だった。何かに挑戦してくじけるよりは、何もしないことを選んでいた。でも、そんなことの先には何もなかった。何も失っていないように思えて、多くの見えないものが失われていった。
というわけで、10年代のキーワードは「夢を信じることの勇気」にしようと思う。もうアラサーの域に入った人間が「夢」とか「勇気」とか口にするのは気恥ずかしいのだが、自分が持っていないものだから仕方ない。まだ間に合う、そう信じて...

00年代の最後の2009年は、懐かしい人や新しい人に出会えた1年だった。やっぱり一番大きかったのは香港日本人学校の人たちに、転校以来、ほぼ13年ぶりに会えたこと。すべては友人たちのおかげなのだが、本当にうれしい出来事だった。
10年代には、もっと楽しいことがある、いや、楽しいことを創っていけるように動いていかなきゃ。
焼き肉屋の経営はできないかもしれないけど、自分が創り出す何かを。